オウンドメディア制作にペルソナはメリットなし!ターゲット設定の考え方

オウンドメディア制作にペルソナはメリットなし!ターゲット設定の考え方

今回は、いったいだれのためにオウンドメディアの記事を書くべきか、というお話ですが、よく言われるような「たった一人のために書け」とか、そういうことは否定しています。

オウンドメディアにおけるペルソナ設定の功罪

結論から先に述べると、ペルソナには功罪さまざまありますが、私は「ペルソナを設定しなくていい」と思っています。

成功するオウンドメディアを運営するためには、どんな人に読んでほしいかというターゲット設定が重要とされます。

そのため「ペルソナ」と呼ばれるような、より詳細なターゲットの具体像を設定することがあります。ほとんどのマーケティング手引書などでもペルソナを設定することが推奨されています。

一般的にペルソナ設定では、ターゲットのセグメンテーションなどの情報を記載しますが、それだけではなく、その人の名前や顔写真を用意し、具体的なプロフィール文なども用意します。

ペルソナは未熟な制作者のトレーニングや指導目的として作るようなものであり、それを実際に使ってオウンドメディアの制作プロジェクトを進めることには、私は、違和感を感じます。

参考ページ記事セグメンテーション変数39項目とオウンドメディアの読者層分類

ペルソナを設定するメリットとしては、一般には次のようなものがあるとされているようです。

ペルソナ設定の代表的メリット(例)

 

  1. 複数の人数で1つの制作案件に携わるときに各自がイメージするターゲットを統一するため
  2. より詳細なプロフィールなどがあった方がターゲットを詳細にイメージできるため、ユーザーにとって響くものになるから
  3. だれにも響かないぼやけた記事になることを防げるから

今回は、上記のようなペルソナを設定することのメリットとされるものを1つずつ理由をつけて否定していきます。健全な批判精神から新しい何かが生まれることはよくあります。ほとんどのマーケティングの専門家や広告などの制作に携わる人々が「ペルソナ設定は大事だ」と主張する中で、それを否定する私の主張は健全な枠を超えているでしょうか。

みなさんも、ペルソナを絶対に設定しなければいけないというような意見について再考してみてはいかがでしょうか。

ペルソナ設定の代表的メリット1

「複数の人が1つの制作案件に携わるときに各自がイメージするターゲットを統一するため」

これについては、たしかに便利かもしれません。

しかし、存在しない人(つまりペルソナのこと)だと知っている人を喜ばせようとして、本気で心を込めた記事を書ける人は少ないはずです。

実際に、私には、ペルソナを設定して発表した瞬間から、オウンドメディア制作チーム全体がどこか冷めてしまうという経験があります。

ペルソナを作るために、架空の人物にわざわざ名前をつけて顔写真もつけて、どこかそらぞらしい偽物のプロフィールを作成し、「さぁ、この人物の悩みを解決するような記事を書こう」「この人のしそうな行動や検索しそうなキーワードを想像しよう」と言われても……。

「ペルソナを設定した方が社内プレゼンを通しやすいから仕方がなく作っている」という人に出会ったことがありますが、そういうには、当記事の後半で述べる、ペルソナ設定に代わるやり方を検討してみてほしいです。

ペルソナ設定の代表的メリット2

「より詳細なプロフィールなどがあった方がターゲットを明確にイメージできるため、ユーザー視点になれるから」

これについても、ほんのり有効だと思います。何もイメージできないよりはましだからです。
ユーザー視点になることが元から得意な人やベテランのマーケッター、広告制作者などからすれば、ユーザー視点になれないという悩みは理解できないものかもしれませんが、たしかに、すぐにユーザーのことを忘れてしまう人は多いようです。その場合、ペルソナは「ないよりまし」程度に役立つこともあるでしょう。

しかし、やはり、架空の人物の視点ということになれば、継続してやる気が出たりしないでしょう。

そもそも、そんなことをしなくてもユーザー視点になれるはずです。

もし、なれないとしたら、ユーザー視点とは何か、ペルソナ設定以外でユーザー視点を得るにはどうしたらいいか、ということを深く考えてみてください。

ペルソナ設定の代表的メリット3

「だれにも響かないぼやけた記事になることを防げるから」

これについては、大ウソや都市伝説に近いものではないでしょうか。

むしろペルソナを設定して、その(実際にこの世には存在しない)人に向けて書こうとするからだれにも響かないようなものになると思います。

「多くの人に向けて記事を書くと八方美人の記事になり、だれにも響かない」
「たった一人に向けて書くからこそ、多くの人に響く」

こんなことがまことしやかに言われることが多いですが、疑ってかかるべきです。

もし、本当にたった一人に向けて書くことに成功すれば、たった一人にしか響かないのではないでしょうか。それで、たとえばそのオウンドメディアの目的やプロジェクトの売り上げ目標は達成できるでしょうか。

専門家は多くの人を相手にしていますので、さまざまな状況にある人のことをイメージしながら、多くの人の心に響く文章を書けます。

私たちは陥りやすいレトリックの罠などに引っかかってしまうときがあります。一見、真理を述べているような言説に出会うと、それを無批判に信じ、他人にも伝えたくなるという心理が働きます。

「野口英世の母、野口シカが書いた手紙は、野口英世一人のために書かれた。なのに多くの人を感動させているではないか!」という向きもあるでしょう。

たしかに一人のために書いた文章が、多くの人を感動させることはあります。だからといって、多くの人のために書いた文章は多くの人の心を動かさないと言うことにはなりません。

だれかの心に響くように書いた文章が、だれの心にも響かないのは、単に文章力の未熟さや勉強不足といったところに原因があるはずです。書くときの想定ターゲットの人数には無関係なはずです。

ペルソナ設定より有効なターゲットの設定方法

では、ペルソナ設定よりも有効でシンプルなターゲットの設定方法とは何か。

それは「本当にいる人物をターゲット代表にする」ということです。

ターゲットは無理に絞るべきではありません。複数存在していていいです。そもそも、ターゲットは枠や範囲のことを指す言葉です。

そして記事を書くときは「実際に存在している人をピックアップして、その人に向けて書く」という方法をおすすめします。

チームで仕事をするときに、そのチームのだれかがどんなターゲットをイメージしたらわからないときは、ペルソナを設定するのではなく、実際にいる人物を目の前に連れてきてヒアリングする機会を作ったり、「あなたの友達を思い出してみて」というように言うときもあります。

ヒアリングと言っても、一緒に食事をするだけでもいいのです。きっと自然な会話の中から、いろんなことが学べるでしょう。

もしくは、私が具体的に知る人物を思い出しながら、その人について熱を込めて語ることもあります。

「その女性は、ものすごく優しい人でお人好しです。経済的に苦しい母子家庭で育てられたので、早く母親孝行して安心させなければという意識が強すぎて、逆に恋愛に失敗しているみたい。ネイルサロンに行くのは好きなんだけど、無駄遣いをしているような後ろめたさもあると言ってたよ。あと、がんがんプッシュお話してくる声の大きなネイリストは苦手だと言っていた」

というように具体的に語ります。もちろん、その人物について質問も受け付けます。それに対してはわかる範囲でのみ答えます。

人によっては、その人はショートカットの小柄な女性をイメージするかもしれませんし、ロングヘアの長身の女性をイメージするかもしれません。きっと自分自身が過去に出会ってきた人物の中で近いイメージの女性を思い浮かべると思います。

「そんな女性は日本中にたくさんいると思いませんか?そんな人たちがネイルサロンを料金の何倍も楽しんでもらって、後ろめたさをなくしてあげられるような記事を書いてください」と言う。

多くの人の救いになるような記事。それは、きっと、いろんな立場の人のことを思い出しながら書いた丁寧な記事だと思います。

そんな丁寧な記事に出会うとうれしくなりますし、実際にそういう記事は、何人に向けて書いたとか、そういうことには無関係に存在します。

それに、ペルソナばかりに頼っていては、人のことを想像する力がいつまでたっても身につきませんよ!

ちなみに「そもそもペルソナはある種の方便なので、いちいち本気で批判するな」と言われれば、ごもっともだと言うしかないですが。

オウンドメディアのターゲットとしての多数派と少数派

オウンドメディアの記事の企画を考えるときに「検索キーワードと検索数」を参考にすることはよくあります。

SEO対策のためのオウンドメディアの場合、検索数が多いビッグワードでのSEO効果を狙うときもあれば、逆に検索数がほとんどなくてライバルが少ないマイナーワードを狙うときもあります。

どちらの方法を採用すべきかは、その業界、ジャンルの市場規模とシェア目標、オウンドメディアの目的などに依存するでしょう。

たとえば、たった年に1~2名の新入社員を採用するために作った求人採用のためのオウンドメディアであれば、さほど多くの母集団を集める必要がないのかもしれません。

ですが、世の中のほとんどのオウンドメディアは、多数派のために作られています。その方がとりあえず安心だからです。制作プロジェクトの予算も獲得しやすいでしょう。

こうして、多くの人に関係があるように書くことを選択するうちに、世の中にはほとんど同じような記事があふれるようになってしまいました。

だから、どのオウンドメディアも似たり寄ったりで、面白くない。

「ペルソナを設定すべき」といちいち言う記事がさまざまなマーケティング関連のオウンドメディアに並ぶのも、それと大差ない現象なのかもしれません。もちろんオウンドメディアの網羅性を追求した結果、書かざるを得ない記事があることを承知しているつもりです。

余談ですが、多数派のためにオウンドメディアを作ってしまいたくなる傾向があることとその怖さを心のどこかで意識しているからこそ、「たった一人のために書け」と、まるで自戒のために叫んでいる人がいるのかもしれません。

ユニークなオウンドメディアの記事を書くために

人は同じであることで安心を覚えます。その安心感から抜け出すにはどうすればいいでしょうか。同じである安心感から抜け出すヒントを紹介します。

ユーザーにある種の救いや学びを与える記事や、それらが束になったオウンドメディアを作るときに、心に留めておきたいことでもあります。

それこそ、ユーザー視点が重要になります。ユーザーが求めているなら、必要ならば、他のオウンドメディアで言われているようなことも勇気を出して書けばいいのです。

その上で、決して、多数派のご機嫌を伺うためだけのメディアに成り下がるな、ということを言わせてください。

多数派のためだけのメディアだからこそ、その多数派のユーザーに向けて、きちんと少数派の存在も教えてあげてください、というのが私が主張したいことです。

どんなオウンドメディアを作ろうが自由じゃないか、という批判を受けることは承知しています。

しかし、オウンドメディアのオーナーである企業の価値を高めるためにも大切なのは、ユーザーの多様性を認めたオウンドメディアになっているか、ということです。メディアに求められるべき「一定レベルの公平性」ということでもあります。

たとえば、動物園のオウンドメディアであれば「動物アレルギーの人と動物園を楽しむ方法」や「足腰が弱い人でも歩けるスロープ中心の順路」をテーマにした記事はどうでしょうか。これらは、記事を書くために考えるテーマではなく、そもそもの動物園として考えておくことです。

私たちは、そのようなオウンドメディアの企画などの仕事をしています。

参考サービス

少なくとも、多数派に少数派の存在や特徴を教えてくれるようなメディアは、まだまだそれ自体が「少数派」です。つまり、ユニークかつ有益なメディアになれる可能性が高い、ということです。

また、そういうオウンドメディアや記事こそが、少数派であるだれか一人を本当の意味で救えるきっかけとなれるかもしれません。

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